2017.12.14 Thursday

『活版印刷三日月堂 庭のアルバム』ほしおさなえ

思えば近頃、私たちの周りにはデジタルなもので溢れている。フィルムカメラはデジカメに、活版印刷はオフセットからデジタルに。アナログの機器は制限が多く、人はより便利に、きれいにするため技術を発達させてきたけれど、気がついたら私たちの周りからは質感が消えていました。

さわり心地や重さ、匂いなど視覚以外の感覚。それらをもつのが「物体」なのかもしれない。
逆に若い人たちの間では、物体として残せるフィルムカメラや活版印刷が流行っているのだといいます。

『活版印刷三日月堂』は、そんな手に取ることができる「もの」を活字にたくして伝えているのかもしれません。


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『チケットと昆布巻き』 大切な場所の話。


観光雑誌「めぐりん」の記者・竹野は、友人の結婚式で再会した同級生たちと自分を比べ、仕事や収入将来について引け目を感じた。そんな時、取材時に紹介された三日月堂を取材することになり、竹野は弓子さんに「どうして活版印刷をはじめたのか」と質問をする。

弓子さんが活版印刷をはじめた理由が語られます。家族が早くに亡くなってしまった弓子さんにとって三日月堂とは、弓子さんが家族とつながっていられる大切な場所だったんですね。
三日月堂はお客さんとのつながりが深いし、三日月堂に集まる人が多くて気がつかなかったけれど、そういえばこの人は天涯孤独だったのだと思い出しました。

この話を読んで、自分の大切な場所について考えてみました。私にとっての三日月堂は、実家が自営業だったので、家の裏に工場がありました。入ると大きな機械の動く音や油の匂いがして。もう無くなってしまったけれど、今でも思い出します。

この章に登場するレトロな雰囲気の市民シアター「シアター川越」は「川越スカラ座」がモデル。実際にイベントで使用したり、映画とのタイアップ企画などにも力をいれています。


『カナコの歌』家族の思い出


「めぐりん」に掲載された三日月堂と弓子さんの記事をみつけた、弓子さんの母・カナコさんの同級生・聡子。カナコさんの生きていた思い出を伝えるため、彼女は三日月堂を訪れます。
闘病のこと、死の恐怖から逃れるように書いていた短歌のこと。

弓子さんはお母さんを早くに亡くしたため、思い出らしい思い出を持たなかったけれど、こうしてお母さんを知る人から伝えられることで、思い出を追加してゆくことができてよかった。

『庭のアルバム』道を見つける


母親がもっていたカナコさんの歌カード(弓子さんが印刷した)に興味をもった高校生の楓。学校生活に馴染めない彼女は三日月堂での活版印刷ワークショップをきっかけに、弓子さんからイベント用のカードのデザインを任されることに。

ちょっと苦手な父方のおばあちゃんの庭で、カード用のスケッチをしていると、苦手だったおばあちゃんの意外な一面を垣間見ることができて…。

学生の時ってなにがきっかけか、自分でもわからない方向に行ってしまうことがありますよね。楓さんも弓子さんと活版印刷に出会うことで自分の進むべき道を見つけられたみたいです。

『川の合流する場所で』新しい流れ


弓子さんが活版印刷のイベント出会った岩手の印刷会社の会長とその親戚の青年・悠生。話を聞くと三日月堂にある大型印刷機械もあるという。弓子さんは機械をみるため岩手へ。それは機械の視察のほかにもうひとつ目的があって…

今回ご縁ができた盛岡の本町印刷。そこでいよいよ大型機械を動かすことができました。そこには青年の祖父である前会長の込めた思いが活字に組まれていて、それをかたちにすることができたことで、悠生にも弓子さんにも新たな流れがきているのかもしれません。

願わくば、人をつなぐ手を持つ優しく孤独な女性に、幸せが訪れますように。


『活版印刷三日月堂』とコラボした作られた『大人の科学マガジン 小さな活版印刷機 (学研ムック 大人の科学マガジンシリーズ)』。

物語に登場した「テキン」での活版印刷が自分でもつくれます。ひらがなとカタカナだけですが、これからの季節、年賀状に活版印刷でひとこと添えるのにもいいですね。





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『活版印刷三日月堂 星たちの栞』→
『活版印刷三日月堂 海からの手紙』→

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2017.11.29 Wednesday

珠玉の短編とエッセイ『男どき女どき』向田 邦子

『父の詫び状』を読み、すっかりハマった向田邦子。続いて読み始めたのが『男どき女どき』。小説とエッセイが収録されている短編集。向田さん最後の作品集。

大人になるということは、秘密を抱えながら生きることなのだ


『男どき女どき』の小説は、家族には言えない秘密を、静かに淡々と隠しながら日常を過ごす人たちの話が描かれます。小さいころに向田ドラマを見た時、大人とはこんなにも秘密が抱え、それを隠しながら生きているものなのか、と感じたものです。

大人になるということは、そんな、人に言えない秘密を抱えながら生きることなのだ。それがとても恐ろしいような、ドキドキするような。

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しかし、いざ大人になってみたものの、そんなな秘密とは無縁で平々凡々たる日々を過ごしております。向田ドラマに登場するような大人の秘密は実は選ばれた人間しか持ちえないものなのだ、とようやく気がつきました。(そりゃそうか。)

思えば向田作品は、私にとって大人になる通過儀礼だったのかもしれません。今ではあまりテレビで向田作品を目にすることは少なくなりましたが、こうやって本を手に取ると、なんだか子どもの自分が人の秘密を垣間見たような、そんなドキドキと落ち着かない気持ちになります。

最初に掲載された短編「鮒」は、まさにそんな「大人の秘密」がつまった話。読むと心がざわざわします。

平凡な家庭の団欒に突如おかれた鮒。どうやら男の浮気相手が飼っていた鮒のようだ。捨てようとしたが幼い息子が育てると言い出し、家で飼うことになった。不安になった男は息子をつれ、かつての女のアパート付近を訪ねてみるが女はおらず、帰ると鮒が死んでいた。どうやら妻は感づいていたらしい。息子は母が殺したのではと疑い…

男は秘密を隠し、女は秘密を知っていることを隠す。これを家庭で普通にやっているのだから、恐ろしい。

○の書かれた葉書


後半はエッセイで、猫好きとして知られていた向田さんの飼い猫の話や、日々のこと、家族の話などが語られます。
なかでも印象的だったのが、「○の書かれた葉書」にまつわる話です。

戦争中、向田さんの末の妹が疎開することになり、まだ字がかけない妹に、父親は自宅の住所を書いた葉書をたくさんもたせ、「元気なら○を書いて送ること」と言って送り出します。しかし、最初は大きかった葉書の○が次第に小さくなっていき、☓が書かれ、最後は葉書も届かなくなり、病気でやせ細って帰ってきた妹を、父親が抱きしめて号泣する…というお話です。

このエピソードは、他の漫画などでもモチーフとして使われていたので知っていたんですが、元ネタが向田さんだったんですね。こんな細やかな愛情を見せられたら、どんなに頑固で独裁的な父親でも憎めないでしょう。

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「書店員 波山個間子」ブックアドバイザーの波山さんがお客さんからの漠然とした要求をうけ、膨大な知識と経験で、みごとお客さんが読みたかった本が向田邦子作品だということにたどり着きます。


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年の離れた男女の恋愛を描いた『娚の一生』では、主人公の海江田とつぐみが親に捨てられた遠縁の子どもを預かり、一緒に暮らすうちに情がうつって家族として暮らそうと思った矢先、反省した親が迎えに来る。海江田はその子に住所を書いた葉書を渡して、元気なら○を書いてポストに入れろと言って送り出します。


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2017.11.17 Friday

案の定、はまってしまった向田邦子『父の詫び状』

昔、向田邦子新春ドラマシリーズをみたことがあります。お正月に放送されたそのドラマは、たいてい戦争前の時代で、女系家族の穏やかで静かな生活が描かれる一方で、その家の長女(もしくは母親)が人に言えない相手との道ならぬ恋に落ちるストーリーに、こどもごころにスリルとエロさを感じました。

淡々とした日常と、そこに潜む秘密。そんな艶っぽいドラマを描いた脚本家・向田邦子さんの名エッセイ『父の詫び状』。読むと絶対にハマってしまうだろうと、今まで読まなかったのですが、手に取る機会があり読んでみたところ、案の定でした。また読みたい本が増えてしまった…。

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昭和の暮らし


向田邦子新春ドラマだったと思いますが、空襲のあと家族が生き延び、家も無事だったとき、隠しておいた食材を使って、お芋の天ぷらや砂糖入りの紅茶といった、ささやかで豪華な晩餐をひらくシーンが印象的でした。

実はこれって、向田さんご自身のエピソードだったんですね。『父の詫び状』を読んで初めて知りました。空襲のあと、とっておいた食料で同じように晩餐をひらいています。

向田さんのエッセイには、ほかにも子供の頃のおやつの思い出、子どもたちが寝静まったあと、大人だけで食べる果物、それを時々わけてもらったこと。そんな、食べ物にまつわる話が多く出てきます。

戦前の暮らしはとても静かで淡々としているけれど、時計のコチコチとした音や、母親が鉛筆を削る音、優しい生活の音に囲まれてとても美しいものでした。


また、『父の詫び状』の中には、タクシー運転手にお金と間違えて家の鍵を渡して誤解されたり、留守番電話をつけたら黒柳徹子さんが何度もかけてきて喋り倒した挙句、用事を言わなかった、というエピソードはドラマ「トットテレビ」でも描かれています。

向田邦子さん役はミムラさん。いい雰囲気でした。

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懐かしい昭和の父親


エッセイの中に出てくる向田さんの父親は、典型的な昭和の父親でした。見栄張りで家族には居丈高で尊大。気に入らないことがあれば怒鳴り散らす。子供である向田さんにも、正月客の宴を手伝わせたりしていました。

ただ、そんな居丈高な父親でも、時折ふとみせるやさしさや弱さを、向田さんはその鋭い感性で拾い上げて描き出しています。思えば昭和という時代には多かれ少なかれ、向田家のような頑固で強い父親がいたものです。
私の父もそうでした。

『父の詫び状』は向田さんの家族の思い出であるとともに、昭和の父親を持つ読者にも、自分の父親を懐かしむことのできるエッセイでした。

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2017.10.25 Wednesday

部屋にまつわる謎、あります。『物件探偵』乾くるみ

最後のページですべてをひっくり返したすごいミステリ『イニシエーション・ラブ』の乾くるみさんがの『物件探偵』。物件にまつわる謎を風変わりな不動産探偵、不動尊子が解き明かしていく短編集です。

各章のタイトルがそのまま物件情報と間取り図になっているのが面白い趣向です。

異色の探偵・不動尊子


これまでも『東京ロンダリング』など不動産に関わる小説は読みましたが、『物件探偵』が扱うのは主に不動産。
部屋の借り主や持ち主が(そうとは知らずに)抱えることになったトラブルを勝手に解決していきます。

彼女は毎回宅建認定証を印籠がわりに、トラブルを抱える物件に乗り込み勝手に推理を始めてしまいます。どうやら多くの不動産を扱ううちに、その家の気持ちがわかるようになったらしいのです。
部屋の借り主や持ち主のもとを訪れては「部屋が泣いています。」などと、部屋の気持ちを代弁し強引にあるべき姿に整えていく。しかし、その経歴は(宅建資格)以外はほとんど謎に包まれています。

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身近なのに難解な不動産業界


家を借りたり、買ったりという行為、私たちは普段当たり前に行っていますが、とても大きな金額を扱うのに、そうした契約時の手続きは正直よくわからないことが多く、不動産屋さんの言うとおりに書類を書いて捺印してしまっています。

しかし世の中には悪質な悪質不動産屋もいて、物語ではそんな詐欺事件も扱っています。投資用に物件を相場より高く売りつける詐欺や、自分の横領を隠すために住人を追い込んだりと、恐ろしい不動産業界の裏側が見えてきます。

そんな悪質な被害をうけないためには、やはり私達も勉強が必要ということですね。

ところでこの「物件探偵」読みながら不動産の勉強にもなります。バルコニーとベランダのの違い、心理的瑕疵物件とはいわゆる事故物件で借り主に告知の義務があるなど、実際に役立つ知識も。

『イニシエーション・ラブ』でも感じたけれど、乾くるみさんはこうした理系の解説がとてもうまくてわかりやすいですね。

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2017.09.27 Wednesday

大泉洋あてがき、出版界の陰、騙し絵の意味『騙し絵の牙』 塩田 武士

罪の声」の塩田武士さんが、大泉洋のためにあてがきしたミステリ小説『騙し絵の牙』読了。
話術に長け、人を惹き付ける魅力を持つ編集長・速水が自身の雑誌「トリニティ」の廃刊を聞かされ、奮闘するのですが、実はもうひとつ、この話には「騙し絵」のような裏があり…

騙し絵の牙
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塩田 武士 KADOKAWA (2017-08-31)売り上げランキング: 1,280



出版界の陰


出版に携わる人々が一致団結して漫画をつくる出版界の光の部分が「重版出来!」だとしたら、『騙し絵の牙』は出版界の陰の部分を描いた作品でしょう。

ネットに時間を奪われ、風前のともしびと化した出版界。作家の発表の場であり、収入源である文芸雑誌を廃刊に追い込む出版社。読者よりも話題性と売上を求める会社上部、売上重視で中身のない媒体なりつつある出版に、作家も編集も疲弊していく。しかし、作り手側も「今までのやり方がいい」と唱えるだけで、なんの進展もない。

今までの編集気質では、本や雑誌は他のメディアに太刀打ちできない状況にまで追いやられている現状にぞっとしました。有川浩さんも著作で「活字を読む人は希少種(になっている)」「これまでの伝統を守っているだけでは、活字は他のコンテンツに勝てない。」とおっしゃっていました。

せめて、本好きにできることとして、「好きな作家の本だけでも単行本で購入する」くらいのことはしないと…

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倒れるときは前のめり
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大泉洋あてがき小説


主人公・速水は大泉洋さんに似せて、宛書で描かれているため、話すセリフも大泉さんが実際にしゃべっているような口調なんですよ。、水曜どうでしょうファンには「ペ・ヨンジュンからの田中真紀子、鈴木宗男のモノマネ」など、懐かしいフレーズがでてくるのもうれしい。

大泉さんが演じているかのような速水に引きずられて、他の登場人物たちもついついどうでしょう班やチームナックスのメンバーで「あて読み」してしまい、まったく違うキャラなのに速水の上司を「じゃじゃじゃじゃじゃあ、トリニティ、廃刊にするから!」と藤村Dに変換して読んでました…。




「騙し絵」の持つ意味


速水は雑誌の廃刊を阻止すべく、作家へのアプローチ、メディアミックスが期待できる女優の小説掲載、テレビ局への根回し、果てはパチンコ産業とも手を組み、あの手この手で雑誌の売上を伸ばそうと奮闘します。
しかし、そのどれもが後手にまわってしまい、上司、部下にまで裏切られてしまいます。

最後に速水は労働組合の会合で相沢と専務に自分の編集への思いを吐露しますが、それも空振りに終わってしまう。

そんな展開が第一章から第六章まで続きます。速水はこのまま負け組で終わってしまうのか…と思ったら、最後の最後に文字通り「騙し絵」のもうひとつの顔が浮かび上がってくるんです。

これだけでもネタバレになりそうなので、ぜひ読んでみてください。出版界を支えるためにも、できれば単行本で、正規の値段で。


男としては最高、家庭人としては最低


最後に一つ、気になったところを。
容貌も話術も、人を惹き付ける魅力を持つ速水。もちろん女性にもモテるのですが、私がいまひとつ彼にのめり込めなかったのは、不倫ではなく、妻を人間扱いしなかったこと。速水にとって娘だけが家族であり、愛すべき対象なんです。

もちろん、妻の方にも問題はあるのですが、速水は徹底して妻に「愛する娘を世話する人」以外の役割を与えなかった。これは、夫が一番やってはいけないことだと思います。

娘にとっても「愛する母」をないがしろにするのが「愛する父」だった場合、ふたつに引き裂かれるわけです。心が。私自身も父が私を溺愛してくれたその口で、母を罵るのを聞いて、どれだけ辛かったか。

速水も娘を傷つけたことを深く後悔はするのですが、そのベクトルは最後まで娘にだけ向いています。この人は結局、娘を通じて、自分自身しか愛せないんじゃないかとも感じました。

映像化するなら奥さんを鼻持ちならないくらいに描かないと、女性からは支持を得られないでしょうね。

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2017.08.26 Saturday

『陸王』池井戸 潤

池井戸潤作品『陸王』読了。初めての池井戸作品だったのですが、テンポがよく、読みやすい文章と、巨悪…じゃなかった、大企業に立ち向かう弱小チームの活躍に、ページをめくる手が止まりませんでした。

陸王
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『陸王』あらすじ


百年続く足袋製造業「こはぜ屋」の社長、宮沢は、先細る足袋の需要に会社の存続をかけ、足袋づくりのノウハウを生かしてランニングシューズ「陸王」開発の新規事業を立ち上げる。
しかし、そこには問題が続出。シューズの知識も乏しいまま、開発は難航し、親身になってくれた取引銀行の担当者の左遷、銀行の横暴(貸し渋り)、ようやく、ほかにはないソール(靴底部分)素材を探し、新素材の開発者、飯山をみつけるものの、飯山は法外な特許使用料を要求し…

一方、ダイワ食品の陸上選手・茂木はケガによる不調から、大手メーカー、アトランティスからシューズの提供を拒まれ、アトランティスのカリスマシューフィッター・村瀬は、選手よりも業績を重視する上司の小原のやり方に反発し、退職に追い込まれてしまう。

宮沢は村瀬や飯山に協力を仰ぎ、「陸王」の開発に取り組むが…

物ではなく、物に込められた魂を買う


『陸王』の中でこんなセリフがありました。

「陸王」に秘められているのは、シューズとしての性能だけではない。この開発にかかわってきた者たちの夢だ。

その夢と情熱がやがて人の心を動かし、仲間を増やしていきます。最初はまったく取り合わなかった茂木選手も、辛いとき支えてくれた宮沢や村瀬の気持ちにこたえ、アトランティスをけって陸王をはき続けることを選びます。

一方で大手企業のアトランティスは、卑劣な手段でこはぜ屋を陥れようとしたり、銀行は尊大な態度で貸し渋るし、弱者である陸王チームを見下す態度をとります。(このへんは、池井戸作品の定番ですね…)

商売は夢と情熱だけでは成り立たないけれど、最後に勝つのはビジネスよりも思いなんじゃないかな、と私は思うのです。『陸王』メンバーたちを見ていると、近江商人の「三方良し」の精神を思い出しました。
「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」
商売は売り手も買い手も満足し、地域社会にも貢献できるといった意味のこの言葉は、まさに陸王の精神を体現しているのではないでしょうか。だからこそ、人は惹かれるんでしょうね。

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こはぜ屋を守るには、着物業界の裏側


創業100年を超えるこはぜ屋の経営が立ちいかなくなるのは、経営側だけの問題ではないなと思います。私は、和装が趣味ですが、着物を着ない日本人にとって足袋はほとんど必要のないものです。

また、着物を着る人でも、私のようなかけられるお金が少ない人間だと、安い量産品の足袋ですませてしまうことが多いです。それには一部の悪徳着付け教室や呉服屋が、着物を高く強引に売りつけることで一般のユーザーが敬遠してしまうという裏事情もあるのではないかと思っています。

こはぜ屋を存続させるためには、宮沢さんのように新しい事業に挑んでいくのも大事ですが、ユーザー側も、
なんでも安く済ますのではなく、職人さんたちがつくった性能の高い製品にはきちんとした対価を支払うことが大事なのだなと感じました。


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「きねや」さんのデザイン足袋。白以外にもさまざまデザインがあります。

 



『陸王』を読んでいて、「あれ?行田って『のぼうの城』の舞台の忍城があるところだわ。」と気づきました。

この地は昔から弱小と蔑まれる集団が、知恵と団結力で巨大組織に立ち向かってた気質があるのかもしれない。


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2017.08.08 Tuesday

『アンマーとぼくら』有川浩

有川浩さんのアンマーとぼくら読了。

沖縄を舞台に描かれる、家族の物語。リョウは休みをとって沖縄のおかあさんと3日間過ごすことになった。おかあさんと家族の思い出の場所をいくつもをめぐるうち、北海道から沖縄に来たばかりの小学生の頃の自分と出会う。

リョウの父はカメラマンで、まるで子供のような人だった。実の母が亡くなり、一年もしないうちに晴子さんと結婚するため、むりやり移住されられてから、リョウと「おかあさん」、そして父親の沖縄暮らしが始まったのだ。

家族の思い出の場所をめぐるうち、リョウは沖縄も晴子さんも嫌いだったころのことを思い出す。その頃のぼくといまのぼくは、過去の後悔をとりもどすことができるのか。

アンマーとぼくら
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ごめんなさい、有川先生


この物語は、主人公の父親を許せるかに否にかかっているのだと思います。そして私は許すことができませんでした。いい物語を書いてくださったのに、有川先生に申し訳ないです。

すごく素敵な物語なんです。沖縄の日常風景や、聖地の御嶽(ウタキ)、竜に見える海の波、大切な家族の思い出の場所をめぐる旅の、楽しさの中にある切なさと悲しみ。「お母さん」と「おかあさん」の大きな愛、主人公との絆、今思い出しても涙がでます。

ただ、私はどうしても、あの父親を受け入れることができませんでした。

リョウが母親を亡くしてまだ1年たらずなのに、沖縄に移住するぞ!、晴子さん(おかあさん)と結婚するぞ!晴子さんをお母さんと呼べ!(実の)お母さんのことは忘れろ!というのは無茶苦茶すぎる。子供にとって、住む場所が変わるだけでもストレスなのに。

お父さんサイドから見れば、リョウのことを思ってはいて、理にかなった答えなのかもしれないけれど、リョウ気持ちを一切考慮せずに説明せず、子供のようにわがままを通す。

読んでいて私は、怒りや悲しみで、まるで腹に石をのまされたように気持ちがが重くなり、しばらく立ち直れませんでした。

物語は自分を映す鏡


きっとお父さんは、自分とリョウの気持ちが違うなんて想像がつかなかったんでしょうね。特に私は、HSP気質なので、あんな風に父親に振り回されたら、一生父親を許せないと思う。そしてなぜ、お母さんも、おかあさんも、あんな父親をとことん愛しぬくのか、どうしても理解できませんでした。

それは私が、父親とおなじく、自分の気持ちが一番大事で、わがままで、傷つきやすい子供だからなのかもしれません。
私は、いじめにあったりして、人に嫌われるのが怖くて、わがままを極力我慢して常に気をまわしながら生きているのに、なんでこの人は、なんでもかんでも好き勝手をして許されるのか。

そんな羨ましさとも、憎さともつかない思いが渦巻いてしまい、うまく読むことができなかった。それは、きっと、私の器の小ささ、心の狭さ、ものの見方の偏りによるものでしょう。

登場人物の言動に自分の感情を映すことで、普段意識できない自分の思考や考え方をとらえることができるし、別の登場人物に寄り添えば、また違った感情を発見する。もしかしたら、物語というのは、鏡のようなのかもしれません。

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2017.08.02 Wednesday

八咫烏シリーズ6『弥栄の烏』阿部 智里(ネタバレあり)

八咫烏シリーズ第一部完結編『弥栄の烏 八咫烏シリーズ6』読了。いやー、すごい。すごい物語でした。前作の『玉依姫』で八咫烏と山神の世界にいちおうの完結がなされたものの、八咫烏の世界の謎はもっと深く、恐ろしいものだったのです。
弥栄の烏』は、前作『玉依姫』と対をなす物語で、山神と玉依姫のできごとを八咫烏側からの視点で描かれます。

正直、前作で世界の謎が明らかにされたため、そんなに書くことがあるのだろうか?と思っていたら、
同じ時間軸の、同じ事件なのに八咫烏側からみると、こんな展開があったのかと、阿部智里先生の見せ方の巧みさに、今回もまた驚かされました。

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あらすじ


人型をとる八咫烏が暮らす世界「山内」。そこへ人を喰らう猿が襲ってきた。参謀となった雪哉を中心に猿との戦いの準備をすすめる八咫烏だが、あるとき山神の怒りによって山内が大災害に襲われる。山神の怒りを鎮めるため、若宮・奈月彦は神域へと向かう。

そこには人を喰らい、化け物と化した山神がいた。奈月彦は山神の怒りを鎮めるため、人身御供とされた人間の少女の世話を仰せつかる。その一方で山神を元に戻すために山神の正体を探ろうとするうち、自分自身、「金烏」とは何なのかを自問するようになる。

一方、猿に調略された山神に仲間を殺された雪哉は、感情を抑え猿討伐に挑み…

ネタバレ:玉依姫の対をなす物語


『弥栄の烏』は、現世を舞台にした『玉依姫』と対をなす物語なので、起こる事件もそのまま、八咫烏側から見た視点で描かれます。山神と志穂との間の事件の合間に、なぜ真穂の薄が山神のもとへ行ったのかなど、細かい事象が語られます。また、「玉依姫」の物語が終わった後の、猿との最後の決戦が描かれていきます。

そして今回、山神の怒りをかって殺された人物が誰なのかがわかります。

茂さん、澄尾…(´;ω;`)ウッ…予想があたってしまった…。雪哉の親友、茂丸が山神の癇癪で命を落とし、澄尾も重体。茂さんは、時に辛辣にみえる雪哉の気持ちを、よく掬い取ってくれていたから、茂丸がいなくなった後の雪哉は、手段を択ばない冷徹な参謀と化してしまい、今後が心配だよ…。

神とはいえ、子供のやることはえげつない…。そういや、この神も子供だけど、しれっと宇宙消しちゃうもんな…。
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ネタバレ:金烏の正体


八咫烏が敬うべき山神は、猿の甘言により人の肉を喰らって化け物と化してしまう。それでも山内への影響を考え、奈月彦は烏天狗とともに山神の正体(真の名)を探っていきます。その過程で真の金烏の意味を探ることにもつながっていき…。

この、真の金烏の正体というのが、ミステリでいうところの犯人捜しにあたり、核心にいたるまで幾重にも謎が重なりあっていたのです。
物語の終盤、奈月彦は金烏と山内の本当の意味を猿から告げられることになります。実は八咫烏と猿は、今の山神が来る前まで共同で山をおさめていた女神でした。八咫烏の女神が、山神の眷属とつがい、生まれたのが「宗家」だからこそ、真の金烏は「八咫烏の母であり父」だったのです。


ネタバレ:憎しみの連鎖


しかし、神から神の使いになった八咫烏に恨みを抱き、己の血族をも巻き込んだ猿神の復讐劇は『黄金の烏』で猿を引き込んだ犯人の独白に似ているなと思いました。土地神としての誇りを奪われ、盟友に裏切られた恨みをずっとひきずって、念入りに山神と玉依姫の仲を裂き、八咫烏を襲い、奈月彦を追い詰めます。

謎はと説かれたものの、山内はいづれ滅びの道をすすむことが運命づけられてしまいます。

ネタバレ:女性の活躍


「烏に単衣は似合わない」以外、八咫烏がシリーズは男性中心の物語でしたが、今回はいろいろなところで彼女たちの物語も大きく展開していきます。『玉依姫』で志穂の世話役として登場した真穂の薄と奈月彦の妻、浜木綿。浜木綿は奈月彦のこどもを身ごもるものの、流産してしまい、真穂の薄に側室になるように勧めます。

真穂の薄は、いがみあっていた澄尾が自分を思っていたのを知り、彼を助けるために山神のもとで玉依姫の世話役をかってでます。今回はお嬢様だった真穂の薄の成長が目立ちました。

また、浜木綿も、最終的は真穂の薄の気持ちを優先させたり、滅びの道をたどる山内を背負う奈月彦に「ただの烏になったっていいじゃないか」と勇気づけます。

そして気になるのが、奈月彦と浜木綿の子が女の子だったこと。姫宮だということは、土地神時代の八咫烏が女神だったことと関係するのでは…?


表紙の絵は土地神時代の八咫烏ではないでしょうか。平安風の衣装は山神時代のものですから。裏面には赤ん坊をだく奈月彦らしい人物が描かれその足元には青い朝顔が。

青い朝顔は浜木綿が奈月彦に話した「ただの八咫烏になったって生きていける」とい話とリンクする花です。
さて、これから山内の世界はどうなるのか…?第二部が楽しみです。


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『烏に単衣は似合わない』
『烏は主を選ばない』
『黄金の烏』
『空棺の烏』
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2017.07.26 Wednesday

心にしみこむ癒しのことば『マインドフルな毎日へと導く108の小話』アジャン・ブラム

これまでにも心理関係の本は読んできましたが、この本がいちばん、すっと心に入ってきました。なんというか、いちばんしっくりくるのです。

例えるなら、水のようなものでしょうか。読むとするっと体に入ってきます。そこで初めて、今まで自分の心がが渇いていたかがわかりました。

マインドフルな毎日へと導く108つの小話』は、テラヴァダ派のイギリス人僧侶・アジャン・ブラム師の説法集です。説法といっても堅苦しくはなく、人が感じる痛み、恐れ、怒りなどを収める方法として、ブラム師自身の体験や仏教の説話をもとにして説き聞かせてくれます。

マインドフルな毎日へと導く108つの小話
アジャン・ブラム 北大路書房 売り上げランキング: 89,545

宗教の説法にありがちの、自分の意見を押しつける感じが一切なく、ユーモアを交えて語ってくれます。その中には、「こんな考え方があるんだ!」と、目からウロコの話も多く、新しいものの考え方、とらえ方を教えてもらいました。

その中で印象にのこった話を、書き出してみます。

悲劇は大量の糞


まず、お堅い宗教で不浄な糞を例えに出すのに驚きました。アジャン・ブラムは自分の身に起きた悲劇を「家に積まれたトラック一杯の糞」だと教えます。

自分の責任ではなくとも、家の糞を片付けず、ただ嘆いているだけではひどい臭いもするし、虫だって湧くでしょう。それなのに人は時々、糞ポケットに入れて持ち歩いてしまいます。

それはつまり、「悲劇」という糞を、他人になすりつけようとする行為なのだと。もちろんそんなことをすれば、家族や友人、周りの人に不快な思いをさせることになり、人は自分から去っていきます。

私の知り合いにも、家が埋まるほどの一杯の糞をかぶせられた人がいました。彼女は最初のうち自分の糞をまき散らすことに熱心で、私たちもその悲劇の汚臭にやられて、一時期遠ざかるしかありませんでした。
しかし、そのうち落ち着いて、自分の家の糞を片付けるようになりました。(それでも時々、まき散らしますけど)

自分の身に起こった悲劇は、自分にしか片付けられない、そして、それを片付けられたら、庭には美しい花が咲き誇るのだと、アジャン・ブラムは教えてくれました。

そういえば、禅宗の禅問答にも「仏とは?」「糞かきベラ(紙がない時代にトイレで使ったヘラ)だ!」というのがありますし、不浄のものの中にも、真理があるのかもしれませんね。



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2017.07.11 Tuesday

『横浜駅SF』柞刈湯葉

横浜駅って、なんかずっと工事してない?』というのが、首都圏住民の共通認識だったりします。実は、駅が作られて以来ずっと、工事を続けているのだとか。

そんな横浜駅の状況を逆手に取って、自己増殖する駅と、それに抗う人というSFに仕上げた『横浜駅SF』読んだとたん、やられた〜と思いました。身近な事象の意味をずらすことで、まったく異なる世界が作られていくのです。
それがもう、絶妙で。こんな感覚、椎名誠の「武装島田倉庫」作品以来だわ。

横浜駅SF (カドカワBOOKS)
柞刈湯葉 KADOKAWA (2016-12-24)売り上げランキング: 25,234


『横浜駅SF』あらすじ


「冬の戦争」終結後、統治システム、統合知性体となった横浜駅は構造遺伝界と呼ばれる自己増殖を繰り返し、ついには横浜駅が本州をほとんど覆いつくした。人々は横浜駅の「エキナカ」に暮らし、横浜駅からはじかれた人間はエキナカを追放され、わずかな土地で細々と暮らしてきた。

本州以外ではJR北海道とJR九州が、様々な技術を独自に開発し横浜駅に抵抗を続けている。

そんな駅外のコミュニティ・九十九段下で生まれ育ったヒロトは、追放者から「18きっぷ」を渡され、エキナカへの冒険にでかける。ほんの物見遊山のはずが、駅員につかまり、JR北海道の工作員と出会ったことで、彼と横浜駅の運命は大きく動いていく…。


横浜駅SFの世界


雰囲気は『武装島田倉庫』『アド・バード』どの椎名誠SF作品に雰囲気が似ています。椎名作品もそうなのですが、普段見慣れた施設や機械の用途をずらして、まったく違う意味を持たせることで、独特の世界が現れるのです。
(作者自身も『アド・バード』影響があると、あとがきで語っていました。)

『横浜駅SF』では、我々が日常目にする駅のSuicaは人間に埋め込まれ、自動改札は不審者を排除する武器を持った自立式AIとして描かれます。

そして、「駅」はもはや交通機関としての用をなさず、「構造遺伝界」と呼ばれるシステムで自己増殖し、もはや人間がの意図を無視し雑草並みの増殖力で本州を覆いつくし、意味をなさない通路やエスカレーターが日々増殖していくのです。

反横浜駅勢力の人々が使う通信手段TCP-IPの画面は、昔懐かしいパソコン通信時代のようで、ちょっと懐かしいww

アド・バード (集英社文庫)
椎名 誠 集英社 売り上げランキング: 23,318


武装島田倉庫 (新潮文庫)
椎名 誠 新潮社 売り上げランキング: 225,298


こんなこと、現実に起こるはずが…と思いますが、実は、現実でも徐々に増殖していそうな駅があります。上野駅はホームが何層にも重なっている部分があって、見ようによってはSFチックな風景となっています。
上野駅ホーム


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